猫が吠える

我輩は猫である。名前はみずき。

第二子を産んで1か月(常位胎盤早期剥離で早産の記録)

 9月22日に、第二子となる息子を産みました。
 今日10月23日、1か月検診で一段落ついたので振り返りを。

時系列

出産前日まで

9月18日(火) 34週4日
 妊婦検診。エコーを見ながら、もう推定体重2,700gぐらいでとてもムチムチしていると言われる。
 内診があったので、今日明日は出血があるかもと言われていた。

18日(火)~20日(木) 34週5日~35週0日
 茶色い少量の出血が続く。お腹も、うっすらとした生理痛のような、下してるときのような痛みがある。
 前回の妊娠も含めてそんな経験はなかったのですこし不安な気持になりつつも、内診による出血だろう、前駆陣痛かな、と思って過ごした。

21日(金) 35週1日
 昼ごろ、仕事中、茶色いドロッとした血が出ていた。茶色なら内診による出血の残りかなとも思いながら、すこし心配なので一応病院へ電話。やはり茶色なら古い血だから心配ないと言われ、普通に仕事をし、家事をした。産後のための作り置きとして唐揚げを揚げたり、仕事でのちょっとした発表のようなものを待機したり、取引先とのリモート会議で出産・退職のあいさつをしたりした。
 21~22時ごろ、娘を寝かしつけて一緒に寝ようと思ったが腹痛。波があるように感じたのでもしやと思って陣痛アプリをダウンロードした記録してみたら、やはり2~3分おきに波がある、と思ったら10分以上開く。眠れないので1階のリビングに降りて夫に腹痛を報告。トイレに行くと、ちょっと下し気味。その後痛みは収まったので、下す痛みか前駆陣痛だったんだなあと思って就寝。

出産日

22日(土) 35週2日
 2:30、尿意で目覚める。腹痛もあるような気がする。けど寝たいから眠ろうと試みる。でも痛みだか尿意だかわからないものに押されて眠れずトイレに行くと鮮血が出ている。それでも寝ようと思って布団に戻るが、やっぱりお腹が痛い。このときはアプリで測らなかったが2~3分おきに痛い。「妊娠後期 腹痛 出血」とかでググる。前駆陣痛だとか切迫早産だとか、常位胎盤早期剥離だとかが出てくる。うーんそんな急を要するような症状ではない、けど陣痛だったら困る、と思って階下に降りて病院へ電話。助産師さんに「35週かー困ったねえ、入院準備して来て」と言われて、痛みと戦いながら2階に上がり夫を起こす。
 やらなきゃやらなきゃと思って、入院準備してなかったんですよね。慌てて大きいボストンバッグに着替えやらなんやら詰め込んだ(持ち物リストはdropbox paperに作っていて、持って行くカバンも着替えも目星をつけていたからまだ良かった)。荷物を詰めている最中も何度か痛みが来て動けなくなった。
 3:20、寝ていた娘も車に乗せて、夫に運転してもらって病院へ向かう。
 3:40、病院着、出迎えてくれた先生に「赤ちゃん動いてる?」と聞かれる。いつも通り動いていたけど、動いているかどうか聞かれるような緊急事態なんだろうかと驚く。
 内診。子宮口4.5センチ。痛みは陣痛とのこと。1日もたせるのも難しいから、早産だけどこのまま産みましょう、35週ならギリギリここで産めます(大きい病院に搬送しなくて済む)とのこと
 経腹エコー。胎盤ははがれてなさそう、赤ちゃんの心臓も元気に動いている、大きさも2,500gはあるかな、とのこと。心臓が動いていることに一安心しつつ、2,500か、このあいだ見た2,700はないんだな、未熟児で産んでしまうかもしれない、と思う。先生に、破水しなかったからここまでもったけど破水してたら生まれてたね、と言われる。前回もお産の進みが早かったけど、今回も早いのか。
 4:10、休み休み2階のLDRに移動して体重測定、着替え、分娩台に乗ってNST装着。一人目以来のNSTに、懐かしいなあ、と言ったら、外来でやる前に陣痛来ちゃったもんねと助産師さんに言われる。ああ確かに、ほんとは妊婦検診でやるはずだったんだ。痛みで吐き気がするが胃が空っぽで吐くものがない。
 2分間隔の陣痛。起きてから水分とってなくて、針も太くて点滴のルートがなかなか取れない。先生自ら、手の甲にブスッと刺してくれた。助産師さん「さすが~」、先生「迷わない!」という会話。太い針を抜いたり刺したりは痛かったけど、陣痛の痛みが紛れてよかった。
 4:30、無痛分娩予定だったので、背中から麻酔。麻酔を打つための麻酔を入れて、本番の麻酔を背中2箇所に入れる。子宮の痛みを取るための麻酔と、お股の痛みを取るための麻酔。お尻に鈍痛を感じてたら、先生にお尻痛い?と聞かれる。麻酔を入れると神経が圧迫されてお尻が痛むらしい。麻酔完了、内診。子宮口7.5センチ。履いたままだった靴下を先生が脱がせてくれる。すみません……。
 4:43、人工破膜。このときにはだいぶ麻酔が効いて余裕が出てきていたので、羊水見たい、って言って見せてもらった。だいぶ血の混じった羊水だった。内診。子宮口9センチ。助産師さんのグリグリで子宮口全開(10cm)になる。グリグリはまったく痛くない。麻酔の力はすごい。陣痛の波が来ると多少の痛みを感じる。力入れてみようか、と言われて、え、もういきんでいいんですか、と聞く。お尻への圧力とかいきみたい感覚、一人目のときに感じた子宮が子を押し出そうとする感覚はなかった。娘は、出産中に飲むために持ってきたペットボトルストローに興味津々で、私のお茶を何度か奪われた。そんなやりとりをできるぐらい、痛みがなくて、余裕があった。
 4:45、陣痛の波が来たのでいきむ。言われる通りに強くいきんで、軽くいきんで、頭が出た。へその緒が首に二重巻き。へその緒切ったりなんだりしてくれて、無事誕生。男の子。ドゥルンと身体が出た瞬間、お腹がものすごく軽くラクになった。先生「早すぎ!」と。そして「2,700ぐらいありそうだね、こないだの大きかったエコーが当たってるかもね」と。助産師さん、看護師さん、小児科の先生(産婦人科の先生の奥様)が見てくれて問題なさそうなのでそのままカンガルーケア。あったかかった。ちっちゃい。このとき助産師さんが、家族4人の写真を撮ってくれた。それを退院時写真立てに入れてプレゼントしてくれたのがとても嬉しかった。4人家族での最初の写真だ。すぐに別室に連れていかれて体調の確認や身長体重測定など。2,785g, 48.0cmの男の子。先生はパッと見で体重がわかるのか、すごい。
 4:50、私は胎盤を出されて休憩。胎盤にだいぶ血のかたまりがついていて、先生に「胎盤はがれかけてたかもね、じゃないとこんな早く進まない」と言われる。え、それって常位胎盤早期剥離ということ、と動揺する。でもともかく赤ちゃんも私も無事だった。早産なので赤ちゃんになにかあったら大きい病院に搬送しますと言われていたけど、その必要はなかった。1時間ぐらいかなあ、しばらくして、赤ちゃんがまた私のところに来た。抱いて、おっぱいを吸わせる。娘は産まれてきたものを覗き込む。お母さんのお腹にいた赤ちゃんだよ、出てきたね、あなたの弟だよと伝える。
 その後、談笑しながら過ごす。
 5:30、LDRの隣の部屋に置いた私のリュックから、syrup16gの「Honolulu★Rock」が流れてくる。娘のお弁当を作るつもりでかけていた目覚ましだ。お恥ずかしい。
 産後2時間くらいで、トイレに行きましょうと言われる。怖々だったけど、ふつうにおしっこが出た。歩いてトイレに行き、歩いて戻った。病室は個室か大部屋か、和室か洋室かの希望を聞かれた。一人目のとき個室で孤独だったから大部屋を選んだ。洋室にしようと思っていたけど、洋室にはその日退院していく一人しか入院しておらず、和室には前日に出産したばかりのお母さんが入院していると聞いて和室にした。結局病室内でほとんど会話はしなかったのだけど。
 歩いて病室に移動した。普通に歩けた。一人目の産後はもっと骨盤がガタガタで、切開・縫合したお股が痛くて歩きづらかったのだけど、今回は普通に歩ける。無痛だったし、子も小さかったし、お産も速くて、お股を切開することも裂けることもなかったから身体への負担が軽かったんだなあ。赤ちゃんは新生児室かどこかにいた。
 明け方の病室で入院生活の説明とかを聞いて、眠そうな娘と夫には帰ってもらうことにした。もう空は明るかった。お腹がすいた。朝食から出るらしいから、それまで横になって休むことにした。

常位胎盤早期剥離

 その後先生から話を聞くと、やっぱり常位胎盤早期剥離だったそう。この病院では年に2~3件あるらしい病名は知っていたし母親学級でも話は聞いていたけど、まさか自分がなるとは思ってもいなかった。早剥は「波のない強い痛み、お腹が板のように固くなる」という症状と記憶していた。私の場合は腹痛といっても波のある痛みだったし、お腹も「板状硬」というほど固くなくただ張っている程度、赤ちゃんもいつも通り動いていたから、生み終えるまで早剥だなんて思わなかった。先生は、深夜の電話の時点で早剥だったら嫌だな、と思ってたらしい。だから赤ちゃん動いてる?って聞かれたし、エコーでも胎盤見てくれていたんだな。
 病院の談話室に漫画『コウノドリ』があったから早剥の回を読んだから、胎児の死亡率30~50%、母体死亡率も数字は忘れてしまったけど高い数字で怖くなった。ネットで調べると、早剥で赤ちゃんを亡くしてしまったり脳性麻痺が残ったりしている体験談がたくさん出てくる。今回私はおそらく臍の緒から離れた箇所が、一部分だけ、ゆっくりと剥れただけだったから、そして経産婦で子宮口の開き、お産の進みが速かったから助かったけれど、なにか間違っていたら赤ちゃんも私も危なかったかもしれない。運が良くて、先生が早剥の可能性を考えて対処してくれて(切迫早産として張りをおさえたりせず出産の方針に決めてくれて)、ほんとうに助かった。


 そして、早剥は再発する病気らしい。早剥の既往がある人の次回妊娠時の早剥発症確立は、既往のない人の10倍。元々そんなに高い確率で起こる病気ではないけれど(全分娩の0.5~1%ほど)、その10倍というのはけっこうな確率だ。そしてそのうちの低くない割合の赤ちゃんが亡くなり、障害を負っている。原因がわからない病気だから、こうすれば安心だという方法もないけれど、次回があったら気をつけよう。子どもは3人欲しいと思っていたけれど、その子や自分の命を危険にさらすぐらいならもう次はなくていいんじゃないかと思ったりもする。でも、先生には軽度だったからそんなに気にするものでもないと言ってもらったから大丈夫かな。日頃死にたい死にたいと思ってても怖いものは怖いね。
 今となってはわからないことだけど、もしかしたら陣痛が来る前の数日の腹痛や出血は危険を知らせるものだったのかもしれない。妊娠している自分自身が違和感を覚えたら、プロの助産師さんとかに大丈夫と言われても診察してもらうべきだったのかもしれない。次回があれば、リスクがあるということを頭に置いて行動しようと思う。早産も繰り返しやすいようだし、早剥を繰り返す場合前回より2~3週早く起きることが多いようだから、30週ぐらいから管理入院させてほしい。普段楽観的な私だけど、子を失う可能性があることを考えると、それぐらい怖くなる。

その後

 私は、早剥という状態ではあったもののお産自体は安産で、産後の回復も問題なく、助産師さんたちに「元気ですね」と言われながら入院生活を送った。
 息子はアプガースコア9点- 9点で健康そのもの、一時的に新生児低血糖にはなったもののミルクを飲んで回復し、呼吸も栄養状態も問題なかった。
 二人とも、普通の経産婦さんと同じ4日で退院。しばらく息子の体重の増えが悪かったけどその後順調に増えだし、新生児訪問に来てくれた助産師さんにも4日で退院できたことや順調な体重の伸びを驚かれ、今日の1か月検診もなにも問題なくパスしました。


 妊娠出産はなにがあるかわからない、母子とも命がけのイベントだということを、わかっていたつもりだけど改めて思い知らされたし、助けてくれた先生、助産師さん、看護師さんたちにほんとうに感謝の気持でいっぱい、そして、生きていることをありがたく思う自分自身への驚きを感じています。
 二人目育児の難しさとか、家庭生活の困難とか、出産や産後の生活に関して書きたいことはまだたくさんあるけど、今日はひとまずここまでで筆を置く。また近いうちに書きます。

娘が2歳になった

娘が2歳になった。

 私たち夫婦がなにを心掛けどういう方針で子育てをしているとか私が娘になにを与えたくてなにを与えたくないとか、いろいろと書きたいような気もしたけど、いまは娘が2歳になったという事実だけでじゅうぶんだわ。


 2年前に私の腹の中から出てきた人間の子が、2年経って、2歳になった。それを祝った。それってつまり私も娘も死ななかったってことだ。夫も死んでない。よかったね。いいことだ。しあわせだ。私が生きてて、私が結婚した相手である夫が生きてて、そのふたりの子である娘が生きてる。病気や事故で死んでしまうことなく2年過ごすことができたという意味でもいいことだし、我々が自分自身の手でそれを終わらせることなく2年が過ぎたという意味でもいいことだ。どこかでなにか間違っていたらこれは実現できなかったのだから。


 娘、2歳の誕生日おめでとう。これからも元気にすくすく育ってください。慣れた保育園から転園もあって、ちょっと大変な1年だったけど、よく頑張ったね。ありがとう。

観覧車に乗った娘は靴を脱いで - 2017年を振り返る

月ごとにできごとを

 振り返ろうと思ったけどとくに重要だった出来事が思い出せない月が多くあり、時系列にどうこう書くのは止めました。twilogを見てみてもそもそもあまりツイッターをしていなかったし、これは、という出来事を思い出すこともなかった。

そんななかでもなんか

 まあ大事かなあと思うのは、

  • 2月に娘が1歳になったこと(http://d.hatena.ne.jp/n0mzk/20170208/1486566468)と、
  • 8月に北海道に引っ越してきたことと、
  • 10月にSyrupのライブに行くなど、久しぶりに音楽を聴くようになったこと、

かなあ。

母親として、妻として、

 これは去年とそんなに変わらず、ひとの話を聞くことはあんまりできなかったけど、本読んだりネット上の情報読んだりしながら子育てを。仕事と育児のほんの隙間に手抜きにも程があるような家事を。食事はだいたい毎日作った。
 仕事しながら育児をしながら家事をやることにだいぶ疲れていることを自覚した。考えることが多すぎて脳みそが限界だなと思った。夫は流れ作業でテキトーに、というやりかたができるようなのだけど、私はそれができないのかやりたくないのか、ぜんぶ考えながらやってしまうので疲れる、夫にはわからない疲れのようだ。


 娘はもう2歳手前で、だいぶしゃべるようになり、走り回り、身体も大きくなり、とても成長した。とてもかわいい。


 それから8月に夫の転勤で北海道に引っ越してきた。転勤に付いてくる妻だけど、自宅でできる仕事を持っているので変わらず続けている。

仕事人として、エンジニアとして

 去年から始めた仕事についてすこし理解が進み、サポートがなくても自分でコードを書けるようになり。今年書いたコードは、+31,782行, -12,528行でした。
 もうすぐリリースだよ。リリースされても、私がやった!って言っていいのかどうかわからないけど。下請けだから。

 個人事業主としてひとつの会社から毎月仕事とお金をもらっているのだけど、以前はその会社でいまの仕事で正社員になれるという話があり、それをアテにして物事を進めていたのに、諸々によりその話はなくなりました。人事部で仕事をしている人たちは、社内はもちろん、社外の人間の人生の一端も預かっているんだという自覚を持ってほしいですね。クソみたいな仕事してんじゃねえよと思いました。そういうわけで、いまも、おそらくしばらく先も、個人事業主

私という人間として

 仕事を始めてしばらく経って以前に比べればすこしお金が自由になるようになったこともあって、今年は久しぶりに音楽を聴くようになった。
 昔好きだった音楽も映画も文学も、私が鬱になって復活して妊娠して出産して育児をしているうちにもう手の届かない遠くへ行ってしまっていた。
 取り戻したいと、ようやく思った。


 転勤の話があってチケットを取れなかったSyrup16gのツアー、無事北海道に落ち着いたので札幌のライブに行った。チケット譲ってくれたひと、ありがとう。
 シロップを聴きはじめてからもう10年以上も経ってることに気付いた。
 「将来は素敵な家と あと犬がいて リフォーム好きな妻にまたせがまれて 観覧車に乗った娘は靴を脱いで」、あのころの私はこれを夢物語だと思って聞いていたし、「こんなんでいいんだろうか そんなわけないだろ俺 なんでここで涙出る」なんてほど切実に思い描いてもいなかった。そもそも「30代いくまで生きてんのか俺」だった。それが今じゃあ妻になり母になり、まだ30代にはなってないけど、日常をやり過ごすのでせいいっぱいで、文章を書いたりもしない、「ねえ そんな普通を みんな耐えてるんだ」、ただ普通の幸せと普通の不幸に満ちた普通を生きてる。「こんなんでいいんだろうか そんなわけないだろ俺」、と、あのときとは反対に、思うことがないわけじゃない。


 それからふと、すこし前の自分について振り返ってみたりもした。このブログを最初から読み返したり、もっと前にインターネット上に書いた文章を発掘してきて眺めたりもした。昔の私はちゃんと文章を書いていたなあと、あのころの私が書いた文章好きだなあと思った。いまは文章が書けなくなってしまったなあと、そのときも思ったし、いまこのブログを書きながらも、思ってる。昔文章を書いてたノートを捨てたこと(http://d.hatena.ne.jp/n0mzk/20121120/1353399341)を、初めて後悔した。


 いまこうして妻であり母である生き方は思えばずっと望んでいたものでもあり、もちろん大きな、無二の幸せで、それは間違いなく、だれに否定されるものでもない。だけどそれと引き換えに、引き換える必要のなかったはずの私を手放していたのかもしれないなあと思い至った。
 来年は、もっと好きに音楽を聴いて、小説を読んで、映画を観て、好きなひとと話をして、文章を書いて、そうやっていたいなあと思う。来年は30になる。20代のうちにやりたいことを、20代のうちにやろう。おまえら邪魔すんなよって、惑わされないぜって気持で、好きにやろう。1年前に立てた「来年の目標」の答え合わせとか書こうと思ってたけどまあいいや、って気持だ。去年とは違う気分だ。自分について、人生について、考えるのは難しい。考えてると死にたくなる。でも死んじゃいけないなって思ったのも今年のこと。それについてはまた追い追い。みなさん良いお年を。

娘が1歳になった

娘が1歳になった。

 大きな病気や怪我をせず無事に元気に1歳を迎えられてとてもめでたい。嬉しい。


 1年前の2016年2月8日のお昼過ぎに、52.2cm, 3440gで産まれた娘は1年かけて、81cm, 10.0kgになった。産まれたときから今までずっと、成長曲線の上限を辿ってきた。
 下の前歯が2本、上の前歯が1本生えた。
 最近は夜お風呂上がりにしかおっぱいを飲まなくなっていて、1歳になった今日は、お風呂上がりの授乳もなしで平気で寝てしまった。もう卒乳かな。お酒が自由に飲めるのは嬉しいけど、寂しいな。文字通り一年中おっぱいあげてきたので、それがなくなるというのは。

私の思い

 娘は、私の腹から出てきたとは思えないくらい、いつも明るくて楽しく元気よく、しっかり自己主張できて集中力のある子だ。もちろん親馬鹿全開の私の目から見た様子だけれど。


 それは、もちろんたまたま娘が持って産まれた性質によるところが大きいのだろうとは思いつつも、私がこうなってほしいと願って育ててきたことが功を奏しているのなら嬉しいと思う。本を読んだり人の話を聞いたりして知識を得ようとし、それらを土台に「うちのやりかた」がある程度は確立されて、それに沿った育児をできてきたんじゃないかなと思っている。
 だけど、育児というものを1年間してきて、育児なんてのは本当に親の自己満足だと感じる。そもそも子どもが欲しいと願ったのは親であって、この子はそれに付き合わされて産まれてきちゃったんだから、あんなにこんなにお金や時間や手間を掛けたんだなんて子どもに主張するのはおかしなことだ。子どもからしたらそんなの知ったこっちゃねえって話だ。私は私が満足するように、なるべく子どもにとって良いと私が信じることをしてやるだけだ。それが結果として娘にとっても良かったならそれは最高だけど、ママはこんなに手を掛けたのに一体どうしてあんたはこんな子に、なんてことは将来なにがあっても絶対に言いたくないなと今は思ってる。反抗期や子どもの自立を迎えたときにこんなことを思っていられるかどうかはまったく想像もつかないけれど。それでも、『「お母さんねぇなんでアタシを産んだのよ」「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」』ってだけは言われないように思われないように、娘の意思も汲んだ互いに幸せな生活を育児をしていけたらいいなあと思う。


 自分が親になり我が子の誕生日というものを初めて迎えてみて思うのは、娘には自分の誕生日を素直に心から喜べる人間になってほしいということだ。私は自分の誕生日がいつからか好きじゃなかったし、だから毎年毎年プレバースデーシンドローム誕生日前症候群とやらになっていたし、それはつまり自分のことが好きじゃなかったからなんだろうと思う。いつからそんなこじらせてしまったのかわからないけど、いつだって苦しかったし死にたかったし自分のことを自信を持って好きとは言えなかったし誕生日は嬉しくなかったんだ。
 娘は最近鏡や写真や動画の中の自分がとても好きなようで、目にすると笑っている。それが自分が好きだからなのかどうかはわからないけど、もしそうならいつまでもそうであってほしい。それが人間として正しい姿であるような気がする。
 そう思うと私は親に申し訳ない生き方をしてきたなと思う。思うけど、やはり今思うと、それも、親の育て方によるところも大いにあると思う。すべてがコントロールできる範囲の因果ではないことは重々承知しながら、それでも娘の今後の人生の良いことも悪いこともすべての原因を作ることができるんだという自覚は持っていたい。

概略

 私と夫がこういう育児をしてきた、娘はそれに対してどういう反応をした、というようなことはとても書きたいので追い追い記事にしようと思う。
 なにより良かったのは、早めから生活のリズムを親主導で作って、寝る時間、起きる時間、飲むまたは食べる時間、遊ぶ時間、というサイクルを確立できたことだと思う。それによって夜間授乳がなくなるのも早かったし、寝かしつけに何時間もかかるというようなこともなかったし、(娘が)毎日機嫌よく過ごすことができたと思っている。


 これからも娘の成長に合わせたそのときどきに必要な知識を身に付けることを厭わず、なにより娘の様子を冷静に我慢強く観察し、娘と、夫と、私と、みんなが幸せになる生活を探りながら作っていければいい。

2016年を振り返る

概ね満足

 今年は良い1年だった。尻上がりに良くなる年だった。
 2月に子どもを産んだ。もうすぐ11か月になる我が子は、日に日にどんどんかわいくなる。
 8月に28歳になった。今年はプレバースデーシンドロームにならなかった。なってる余裕もなかっただけかもしれないが、健康的だ。
 8か月間育児だけをして、10月から娘を保育園に入れて仕事を始めた。右も左もわからなかった仕事にも慣れてきて、ほんの小さな狭い範囲についてだけは、私が一番詳しいと言えるようにもなった。娘はとても楽しそうに保育園に通っている。

来年

 来年は定期的に運動をし、早いうちに引越し、正社員になりたい。
 運動については、仕事は在宅、保育園の送り迎えは車、買い物も生協で、家と駐車場の行き帰りの歩きぐらいしか身体を動かすことがないのでそろそろやばい。
 引越しについては、気に入った保育園に通わせつつ仕事の時間を確保するために。保育園移転の話があるので、それに合わせて。それに、今の家は安さだけで選んだだけあって住民の質が本当にどうしようもなくクソなので、こんなところでかわいい娘を育てたくない。大人の精神衛生にも良くない。
 正社員については、引越と保育園移転によって家から保育園までが近くなれば正社員として働けるだけの時間は確保できるだろうという見通し。あとは実力をつけて正社員にしてくださいとお願いするのみ。


 それから、もうちょっと外に出て、友人と食事をしたりお酒を飲んだり、数回ぐらいは飲み会にも参加したいなあ。今よりさらに田舎で何もないところに引っ越す予定なので友人に会うのも都会に出るのも時間とお金がかかるけど、それでも田舎から出ないダサいオバサンになってしまわないよう努力をしよう。


 精神的な面でいえば、もっと大らかで朗らかな人間になりたい。そのためにはまずなによりお金が必要。やはり仕事を頑張らねば。お金によって不快なものを遠ざける必要があるし、安いものを求めて行く場所にはそれなりの人間が集まっているのでいい思いはできない。ものに高いお金を払うというのは、接する人間を選別するということでもある。安い金しか出せないクソな人間とは関わりたくない。もちろん大事なのはお金だけじゃないけど、お金でだいぶふるいにかけられる。叶姉妹があんなに大らかなのは、そうやってふるいにかけた世界で生活しているからだと思うんだ。


 娘は来年の今ごろ、立って歩いて走ってるだろうししゃべってるだろうし、今よりずっとラクに意思疎通もできて、かわいいんだろうなあ。ちょっと反抗してきたりもするかもしれないなあ。2歳手前の人間の子どもがどんなふうに成長しているのか、想像つかないなあ。楽しみだなあ。

その他

 エンジニアっぽいことを書いておくと、今年書いたコードは682行でした。Go言語。少ない。あとシェルスクリプトをちょろっと書いたりもした。来年はもっとたくさん書こう。


 なんだか私にしてはめずらしく、来年に向けて前向きで明るくポジティブな気持で年の瀬を迎えている。
 そういえば何年か前に受けた占いで、午年と未年の運勢が悪いと言われたな。去年と一昨年だ。その通りだった。そして今年はそこから抜け出して、良い一年になったな。来年はもっと良い年にしよう。

仕事と子育てと家族と

はじめに

 10月から娘を保育園に入れて仕事を再開した。そのあたりのことを書こう書こうと思ってるあいだにもう12月。
 ちょうどおもしろそうなアドベントカレンダーを見つけたので便乗して書いてみる。「夫と娘を愛するITエンジニア」として。


 【その2】妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016 - Adventarの12日目の記事です(その1はこちら→妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016 - Adventar)。


 カレンダーから来たひと向けにとても簡単に自己紹介すると、私は28歳女性で、結婚4年目で、2月に第一子を産みました。
 夫婦と10か月の娘、そしてたくさんの爬虫類たちと一緒に暮らしています。

夫を紹介しよう

 私の夫は@higebu です。
 前職の先輩で、毎週金曜日に朝までグダグダと飲んでカラオケしているうちに仲良くなった、インフラエンジニアです。
 前職の先輩なので、結婚当初は一緒に通勤したりもしました。私はその後すぐ退職してしまい、夫は今年の夏、転職しました。


 転職前から週に何度か在宅勤務をしていましたが、転職後はほとんど家で仕事するようになりました。
 ふと見ると黒い画面でなにやらプログラムを書いていて、楽しそうだなーと思っていました。私は育児をしながら家事をする日々でしたが、だんだんだんだんと早く働きたい気持になってきて、いいなと思ってた認可外保育園に入れそうな目処が立ったこともあって、再就職をしようとしていたところでした。夫のチームが人手不足だと言うので、私じゃだめかなー、採用してくれないかなー(チラッチラッ と言ってたら、業務委託で仕事させてもらえることになりました。
 ということで、夫婦同じ会社の同じチームで同じ仕事をすることになったのです。そう、1社目に続き2社目も同じ会社なのです(私は社員ではないけど)。
 私は個人事業主として仕事をいただき、自宅で働いています。会社とのやりとりは社内slackまたは夫経由なので出社の必要がありません。一部屋に大きな机をドーンと置いて、二人隣同士でPCを広げて、REALFORCEトラックボールを並べて黒い画面を開いています。

我が名は、交際相手によってエディタが変わるマン

 というぐらい、とくにこだわりもなく、大学生のころからプログラムを書いたり書かなかったりしてきました。仕事でコードを書いたことはほとんどありませんでした。今は、難解な英語のドキュメントを読みながらVimでGo言語を書いています。ネットワークエンジニア、なのかな。
 10月に仕事を始めてから、まずは錆びついた脳味噌のリハビリから、そして新しい言語といままで触れたことのない分野の勉強、ようやく実装。隣の先輩(夫)に質問し放題なのでなんとかやれています(それを考慮されて、私の報酬は少なめになっているらしい)。

夫とは戦友

 そんなかんじでゆるゆると働いているように見える我が家ですが、毎日の生活は戦争のようです。
 先述の保育園、わざわざよさげなところを選んで入れたので、難点は家から遠いところです。ドアtoドアで50分ぐらいかかります(!)。送り迎えそれぞれに2時間ずつぐらいかかります(!!)。だからそれに圧迫されて仕事やその他の時間が削られるのです。
 朝は娘の送りと家事とかわいい爬虫類たちの世話を分担、それらが終わったら仕事部屋に入って仕事を開始。お昼は私が作って一緒に食べて、夫が片付ける。夕方になると夫は娘の迎え、私は家事と夕食作り。娘が帰ってきたらみんな一緒に夕食をとり、お風呂に入れたり寝かしつけてから怒涛の家事タイム、それが終わったら、仕事に戻ったり戻らなかったり、という生活です。夫は、家事も育児も「手伝う」というレベルではなく、同じようにやってくれています。私は収入半分ぐらいなのに。
 忙しがるのは嫌いだけど、なかなかハードな生活です。


 そして仕事も、なんだかとても難しいことをやっています。夫にとっても初めての仕事、私はさっぱりわからないようなところからスタートです。あれこれ必死に調べながら、質問しながら、たまには私のほうが質問に答えられることもでてきたりして、なんとかかんとか進めています。


 夫とは、生活を回しながら難解な仕事を倒していく戦友のよう。娘を抱きながら荒波を乗り越え進んでゆくのです。
 家族3人、なかなか悪くないチームワークで生活できるようになってきたと思う。
 そしてこの生活は、気の合う夫とかわいいかわいい娘のおかげで本当に楽しい。

子育てエンジニア

 世の中の多くの子育てエンジニアが感じていると思うけど、子どもがいると勉強の時間を取ったり毎日遅くまで働いたり勉強会やイベントに参加したりするのは難しくなります。女性の場合、妊娠出産でしばらくブランクができるので、会社によっては大きなプロジェクトに関われなくなったりするという話も聞きます。私の場合は業務委託なので、次妊娠出産しようと思ったら産休育休などなく、完全に無職になってしまうので不安もあります。
 でも、それでも子どもがいるというのは本当に良いものです。はやく次の子がほしいし、あと2人ぐらいは産みたいと思ってます。
 子どもがいると強制的に規則正しい生活になるので、プログラム書いてたら朝になってたみたいなこともなく健康に過ごせます。煮詰まりすぎることもなく、バランス良い生活ができます。子ども・家族との時間がなにより大切だから、メリハリをつけて仕事を頑張れます。仕事の疲れは子どもに癒やされ、育児の疲れは仕事で発散できます。


 夫とは、今日保育園でこんなことがあったらしいよ、こんなことができるようになったよ、ところであそこの実装はこういうふうにしたほうがいいと思うんだけど、と、家庭も仕事もないまぜになった会話をしています。娘が大きくなったとき、こんな会話にどうやって参加してきてくれるのか楽しみです。どんなふうにコンピュータやインターネットに出会い付き合っていくのか楽しみです。今は、ハイハイしてルータに近付き、LANケーブルをなめようとして引きはがされています。それを見た夫が、小学生になったらルータ買ってあげるからね、なんて言ってます。


 こうして子育てしながらエンジニアをしている生活、本当に楽しい。
 愛する妻・夫がいて、愛する言語なりエディタなりがあって、十分に幸せだと思ってるエンジニアのみなさん、子どもはいいぞ。

最後に

 なんだかあんまり惚気ていないような気もするけど、アドベントカレンダー、明日は夫です。

『君の名は。』

 観てきました。
 去年公開が発表されたときから、産後だし観に行けないだろうなとは思っていたのだけど、やっぱりどうしても観たくて、授乳のあいだの上映に行ってきました。
 行って良かった。家事と育児に追われて乾いていた心が潤う時間でした。ときどきでも良い作品に触れないと人間らしい心が失われていくわ。


 もちろん、ただ「映画が観られて良かった」ではなく、新海さんの作品を、『君の名は。』を、観られて良かったわけで。
 一言で言うと、最高だった。ほんとにとっても良かった。新海誠RADWIMPSを愛する私には、つねに鳥肌が立つような映画でした。
 以下感想を書くけど、ネタバレ気遣わずに書くので読みたくない人は読まないでね。

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