猫が吠える

我輩は猫である。名前はみずき。

娘が2歳になった

娘が2歳になった。

 私たち夫婦がなにを心掛けどういう方針で子育てをしているとか私が娘になにを与えたくてなにを与えたくないとか、いろいろと書きたいような気もしたけど、いまは娘が2歳になったという事実だけでじゅうぶんだわ。


 2年前に私の腹の中から出てきた人間の子が、2年経って、2歳になった。それを祝った。それってつまり私も娘も死ななかったってことだ。夫も死んでない。よかったね。いいことだ。しあわせだ。私が生きてて、私が結婚した相手である夫が生きてて、そのふたりの子である娘が生きてる。病気や事故で死んでしまうことなく2年過ごすことができたという意味でもいいことだし、我々が自分自身の手でそれを終わらせることなく2年が過ぎたという意味でもいいことだ。どこかでなにか間違っていたらこれは実現できなかったのだから。


 娘、2歳の誕生日おめでとう。これからも元気にすくすく育ってください。慣れた保育園から転園もあって、ちょっと大変な1年だったけど、よく頑張ったね。ありがとう。

観覧車に乗った娘は靴を脱いで - 2017年を振り返る

月ごとにできごとを

 振り返ろうと思ったけどとくに重要だった出来事が思い出せない月が多くあり、時系列にどうこう書くのは止めました。twilogを見てみてもそもそもあまりツイッターをしていなかったし、これは、という出来事を思い出すこともなかった。

そんななかでもなんか

 まあ大事かなあと思うのは、

  • 2月に娘が1歳になったこと(http://d.hatena.ne.jp/n0mzk/20170208/1486566468)と、
  • 8月に北海道に引っ越してきたことと、
  • 10月にSyrupのライブに行くなど、久しぶりに音楽を聴くようになったこと、

かなあ。

母親として、妻として、

 これは去年とそんなに変わらず、ひとの話を聞くことはあんまりできなかったけど、本読んだりネット上の情報読んだりしながら子育てを。仕事と育児のほんの隙間に手抜きにも程があるような家事を。食事はだいたい毎日作った。
 仕事しながら育児をしながら家事をやることにだいぶ疲れていることを自覚した。考えることが多すぎて脳みそが限界だなと思った。夫は流れ作業でテキトーに、というやりかたができるようなのだけど、私はそれができないのかやりたくないのか、ぜんぶ考えながらやってしまうので疲れる、夫にはわからない疲れのようだ。


 娘はもう2歳手前で、だいぶしゃべるようになり、走り回り、身体も大きくなり、とても成長した。とてもかわいい。


 それから8月に夫の転勤で北海道に引っ越してきた。転勤に付いてくる妻だけど、自宅でできる仕事を持っているので変わらず続けている。

仕事人として、エンジニアとして

 去年から始めた仕事についてすこし理解が進み、サポートがなくても自分でコードを書けるようになり。今年書いたコードは、+31,782行, -12,528行でした。
 もうすぐリリースだよ。リリースされても、私がやった!って言っていいのかどうかわからないけど。下請けだから。

 個人事業主としてひとつの会社から毎月仕事とお金をもらっているのだけど、以前はその会社でいまの仕事で正社員になれるという話があり、それをアテにして物事を進めていたのに、諸々によりその話はなくなりました。人事部で仕事をしている人たちは、社内はもちろん、社外の人間の人生の一端も預かっているんだという自覚を持ってほしいですね。クソみたいな仕事してんじゃねえよと思いました。そういうわけで、いまも、おそらくしばらく先も、個人事業主

私という人間として

 仕事を始めてしばらく経って以前に比べればすこしお金が自由になるようになったこともあって、今年は久しぶりに音楽を聴くようになった。
 昔好きだった音楽も映画も文学も、私が鬱になって復活して妊娠して出産して育児をしているうちにもう手の届かない遠くへ行ってしまっていた。
 取り戻したいと、ようやく思った。


 転勤の話があってチケットを取れなかったSyrup16gのツアー、無事北海道に落ち着いたので札幌のライブに行った。チケット譲ってくれたひと、ありがとう。
 シロップを聴きはじめてからもう10年以上も経ってることに気付いた。
 「将来は素敵な家と あと犬がいて リフォーム好きな妻にまたせがまれて 観覧車に乗った娘は靴を脱いで」、あのころの私はこれを夢物語だと思って聞いていたし、「こんなんでいいんだろうか そんなわけないだろ俺 なんでここで涙出る」なんてほど切実に思い描いてもいなかった。そもそも「30代いくまで生きてんのか俺」だった。それが今じゃあ妻になり母になり、まだ30代にはなってないけど、日常をやり過ごすのでせいいっぱいで、文章を書いたりもしない、「ねえ そんな普通を みんな耐えてるんだ」、ただ普通の幸せと普通の不幸に満ちた普通を生きてる。「こんなんでいいんだろうか そんなわけないだろ俺」、と、あのときとは反対に、思うことがないわけじゃない。


 それからふと、すこし前の自分について振り返ってみたりもした。このブログを最初から読み返したり、もっと前にインターネット上に書いた文章を発掘してきて眺めたりもした。昔の私はちゃんと文章を書いていたなあと、あのころの私が書いた文章好きだなあと思った。いまは文章が書けなくなってしまったなあと、そのときも思ったし、いまこのブログを書きながらも、思ってる。昔文章を書いてたノートを捨てたこと(http://d.hatena.ne.jp/n0mzk/20121120/1353399341)を、初めて後悔した。


 いまこうして妻であり母である生き方は思えばずっと望んでいたものでもあり、もちろん大きな、無二の幸せで、それは間違いなく、だれに否定されるものでもない。だけどそれと引き換えに、引き換える必要のなかったはずの私を手放していたのかもしれないなあと思い至った。
 来年は、もっと好きに音楽を聴いて、小説を読んで、映画を観て、好きなひとと話をして、文章を書いて、そうやっていたいなあと思う。来年は30になる。20代のうちにやりたいことを、20代のうちにやろう。おまえら邪魔すんなよって、惑わされないぜって気持で、好きにやろう。1年前に立てた「来年の目標」の答え合わせとか書こうと思ってたけどまあいいや、って気持だ。去年とは違う気分だ。自分について、人生について、考えるのは難しい。考えてると死にたくなる。でも死んじゃいけないなって思ったのも今年のこと。それについてはまた追い追い。みなさん良いお年を。

娘が1歳になった

娘が1歳になった。

 大きな病気や怪我をせず無事に元気に1歳を迎えられてとてもめでたい。嬉しい。


 1年前の2016年2月8日のお昼過ぎに、52.2cm, 3440gで産まれた娘は1年かけて、81cm, 10.0kgになった。産まれたときから今までずっと、成長曲線の上限を辿ってきた。
 下の前歯が2本、上の前歯が1本生えた。
 最近は夜お風呂上がりにしかおっぱいを飲まなくなっていて、1歳になった今日は、お風呂上がりの授乳もなしで平気で寝てしまった。もう卒乳かな。お酒が自由に飲めるのは嬉しいけど、寂しいな。文字通り一年中おっぱいあげてきたので、それがなくなるというのは。

私の思い

 娘は、私の腹から出てきたとは思えないくらい、いつも明るくて楽しく元気よく、しっかり自己主張できて集中力のある子だ。もちろん親馬鹿全開の私の目から見た様子だけれど。


 それは、もちろんたまたま娘が持って産まれた性質によるところが大きいのだろうとは思いつつも、私がこうなってほしいと願って育ててきたことが功を奏しているのなら嬉しいと思う。本を読んだり人の話を聞いたりして知識を得ようとし、それらを土台に「うちのやりかた」がある程度は確立されて、それに沿った育児をできてきたんじゃないかなと思っている。
 だけど、育児というものを1年間してきて、育児なんてのは本当に親の自己満足だと感じる。そもそも子どもが欲しいと願ったのは親であって、この子はそれに付き合わされて産まれてきちゃったんだから、あんなにこんなにお金や時間や手間を掛けたんだなんて子どもに主張するのはおかしなことだ。子どもからしたらそんなの知ったこっちゃねえって話だ。私は私が満足するように、なるべく子どもにとって良いと私が信じることをしてやるだけだ。それが結果として娘にとっても良かったならそれは最高だけど、ママはこんなに手を掛けたのに一体どうしてあんたはこんな子に、なんてことは将来なにがあっても絶対に言いたくないなと今は思ってる。反抗期や子どもの自立を迎えたときにこんなことを思っていられるかどうかはまったく想像もつかないけれど。それでも、『「お母さんねぇなんでアタシを産んだのよ」「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」』ってだけは言われないように思われないように、娘の意思も汲んだ互いに幸せな生活を育児をしていけたらいいなあと思う。


 自分が親になり我が子の誕生日というものを初めて迎えてみて思うのは、娘には自分の誕生日を素直に心から喜べる人間になってほしいということだ。私は自分の誕生日がいつからか好きじゃなかったし、だから毎年毎年プレバースデーシンドローム誕生日前症候群とやらになっていたし、それはつまり自分のことが好きじゃなかったからなんだろうと思う。いつからそんなこじらせてしまったのかわからないけど、いつだって苦しかったし死にたかったし自分のことを自信を持って好きとは言えなかったし誕生日は嬉しくなかったんだ。
 娘は最近鏡や写真や動画の中の自分がとても好きなようで、目にすると笑っている。それが自分が好きだからなのかどうかはわからないけど、もしそうならいつまでもそうであってほしい。それが人間として正しい姿であるような気がする。
 そう思うと私は親に申し訳ない生き方をしてきたなと思う。思うけど、やはり今思うと、それも、親の育て方によるところも大いにあると思う。すべてがコントロールできる範囲の因果ではないことは重々承知しながら、それでも娘の今後の人生の良いことも悪いこともすべての原因を作ることができるんだという自覚は持っていたい。

概略

 私と夫がこういう育児をしてきた、娘はそれに対してどういう反応をした、というようなことはとても書きたいので追い追い記事にしようと思う。
 なにより良かったのは、早めから生活のリズムを親主導で作って、寝る時間、起きる時間、飲むまたは食べる時間、遊ぶ時間、というサイクルを確立できたことだと思う。それによって夜間授乳がなくなるのも早かったし、寝かしつけに何時間もかかるというようなこともなかったし、(娘が)毎日機嫌よく過ごすことができたと思っている。


 これからも娘の成長に合わせたそのときどきに必要な知識を身に付けることを厭わず、なにより娘の様子を冷静に我慢強く観察し、娘と、夫と、私と、みんなが幸せになる生活を探りながら作っていければいい。

2016年を振り返る

概ね満足

 今年は良い1年だった。尻上がりに良くなる年だった。
 2月に子どもを産んだ。もうすぐ11か月になる我が子は、日に日にどんどんかわいくなる。
 8月に28歳になった。今年はプレバースデーシンドロームにならなかった。なってる余裕もなかっただけかもしれないが、健康的だ。
 8か月間育児だけをして、10月から娘を保育園に入れて仕事を始めた。右も左もわからなかった仕事にも慣れてきて、ほんの小さな狭い範囲についてだけは、私が一番詳しいと言えるようにもなった。娘はとても楽しそうに保育園に通っている。

来年

 来年は定期的に運動をし、早いうちに引越し、正社員になりたい。
 運動については、仕事は在宅、保育園の送り迎えは車、買い物も生協で、家と駐車場の行き帰りの歩きぐらいしか身体を動かすことがないのでそろそろやばい。
 引越しについては、気に入った保育園に通わせつつ仕事の時間を確保するために。保育園移転の話があるので、それに合わせて。それに、今の家は安さだけで選んだだけあって住民の質が本当にどうしようもなくクソなので、こんなところでかわいい娘を育てたくない。大人の精神衛生にも良くない。
 正社員については、引越と保育園移転によって家から保育園までが近くなれば正社員として働けるだけの時間は確保できるだろうという見通し。あとは実力をつけて正社員にしてくださいとお願いするのみ。


 それから、もうちょっと外に出て、友人と食事をしたりお酒を飲んだり、数回ぐらいは飲み会にも参加したいなあ。今よりさらに田舎で何もないところに引っ越す予定なので友人に会うのも都会に出るのも時間とお金がかかるけど、それでも田舎から出ないダサいオバサンになってしまわないよう努力をしよう。


 精神的な面でいえば、もっと大らかで朗らかな人間になりたい。そのためにはまずなによりお金が必要。やはり仕事を頑張らねば。お金によって不快なものを遠ざける必要があるし、安いものを求めて行く場所にはそれなりの人間が集まっているのでいい思いはできない。ものに高いお金を払うというのは、接する人間を選別するということでもある。安い金しか出せないクソな人間とは関わりたくない。もちろん大事なのはお金だけじゃないけど、お金でだいぶふるいにかけられる。叶姉妹があんなに大らかなのは、そうやってふるいにかけた世界で生活しているからだと思うんだ。


 娘は来年の今ごろ、立って歩いて走ってるだろうししゃべってるだろうし、今よりずっとラクに意思疎通もできて、かわいいんだろうなあ。ちょっと反抗してきたりもするかもしれないなあ。2歳手前の人間の子どもがどんなふうに成長しているのか、想像つかないなあ。楽しみだなあ。

その他

 エンジニアっぽいことを書いておくと、今年書いたコードは682行でした。Go言語。少ない。あとシェルスクリプトをちょろっと書いたりもした。来年はもっとたくさん書こう。


 なんだか私にしてはめずらしく、来年に向けて前向きで明るくポジティブな気持で年の瀬を迎えている。
 そういえば何年か前に受けた占いで、午年と未年の運勢が悪いと言われたな。去年と一昨年だ。その通りだった。そして今年はそこから抜け出して、良い一年になったな。来年はもっと良い年にしよう。

仕事と子育てと家族と

はじめに

 10月から娘を保育園に入れて仕事を再開した。そのあたりのことを書こう書こうと思ってるあいだにもう12月。
 ちょうどおもしろそうなアドベントカレンダーを見つけたので便乗して書いてみる。「夫と娘を愛するITエンジニア」として。


 【その2】妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016 - Adventarの12日目の記事です(その1はこちら→妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016 - Adventar)。


 カレンダーから来たひと向けにとても簡単に自己紹介すると、私は28歳女性で、結婚4年目で、2月に第一子を産みました。
 夫婦と10か月の娘、そしてたくさんの爬虫類たちと一緒に暮らしています。

夫を紹介しよう

 私の夫は@higebu です。
 前職の先輩で、毎週金曜日に朝までグダグダと飲んでカラオケしているうちに仲良くなった、インフラエンジニアです。
 前職の先輩なので、結婚当初は一緒に通勤したりもしました。私はその後すぐ退職してしまい、夫は今年の夏、転職しました。


 転職前から週に何度か在宅勤務をしていましたが、転職後はほとんど家で仕事するようになりました。
 ふと見ると黒い画面でなにやらプログラムを書いていて、楽しそうだなーと思っていました。私は育児をしながら家事をする日々でしたが、だんだんだんだんと早く働きたい気持になってきて、いいなと思ってた認可外保育園に入れそうな目処が立ったこともあって、再就職をしようとしていたところでした。夫のチームが人手不足だと言うので、私じゃだめかなー、採用してくれないかなー(チラッチラッ と言ってたら、業務委託で仕事させてもらえることになりました。
 ということで、夫婦同じ会社の同じチームで同じ仕事をすることになったのです。そう、1社目に続き2社目も同じ会社なのです(私は社員ではないけど)。
 私は個人事業主として仕事をいただき、自宅で働いています。会社とのやりとりは社内slackまたは夫経由なので出社の必要がありません。一部屋に大きな机をドーンと置いて、二人隣同士でPCを広げて、REALFORCEトラックボールを並べて黒い画面を開いています。

我が名は、交際相手によってエディタが変わるマン

 というぐらい、とくにこだわりもなく、大学生のころからプログラムを書いたり書かなかったりしてきました。仕事でコードを書いたことはほとんどありませんでした。今は、難解な英語のドキュメントを読みながらVimでGo言語を書いています。ネットワークエンジニア、なのかな。
 10月に仕事を始めてから、まずは錆びついた脳味噌のリハビリから、そして新しい言語といままで触れたことのない分野の勉強、ようやく実装。隣の先輩(夫)に質問し放題なのでなんとかやれています(それを考慮されて、私の報酬は少なめになっているらしい)。

夫とは戦友

 そんなかんじでゆるゆると働いているように見える我が家ですが、毎日の生活は戦争のようです。
 先述の保育園、わざわざよさげなところを選んで入れたので、難点は家から遠いところです。ドアtoドアで50分ぐらいかかります(!)。送り迎えそれぞれに2時間ずつぐらいかかります(!!)。だからそれに圧迫されて仕事やその他の時間が削られるのです。
 朝は娘の送りと家事とかわいい爬虫類たちの世話を分担、それらが終わったら仕事部屋に入って仕事を開始。お昼は私が作って一緒に食べて、夫が片付ける。夕方になると夫は娘の迎え、私は家事と夕食作り。娘が帰ってきたらみんな一緒に夕食をとり、お風呂に入れたり寝かしつけてから怒涛の家事タイム、それが終わったら、仕事に戻ったり戻らなかったり、という生活です。夫は、家事も育児も「手伝う」というレベルではなく、同じようにやってくれています。私は収入半分ぐらいなのに。
 忙しがるのは嫌いだけど、なかなかハードな生活です。


 そして仕事も、なんだかとても難しいことをやっています。夫にとっても初めての仕事、私はさっぱりわからないようなところからスタートです。あれこれ必死に調べながら、質問しながら、たまには私のほうが質問に答えられることもでてきたりして、なんとかかんとか進めています。


 夫とは、生活を回しながら難解な仕事を倒していく戦友のよう。娘を抱きながら荒波を乗り越え進んでゆくのです。
 家族3人、なかなか悪くないチームワークで生活できるようになってきたと思う。
 そしてこの生活は、気の合う夫とかわいいかわいい娘のおかげで本当に楽しい。

子育てエンジニア

 世の中の多くの子育てエンジニアが感じていると思うけど、子どもがいると勉強の時間を取ったり毎日遅くまで働いたり勉強会やイベントに参加したりするのは難しくなります。女性の場合、妊娠出産でしばらくブランクができるので、会社によっては大きなプロジェクトに関われなくなったりするという話も聞きます。私の場合は業務委託なので、次妊娠出産しようと思ったら産休育休などなく、完全に無職になってしまうので不安もあります。
 でも、それでも子どもがいるというのは本当に良いものです。はやく次の子がほしいし、あと2人ぐらいは産みたいと思ってます。
 子どもがいると強制的に規則正しい生活になるので、プログラム書いてたら朝になってたみたいなこともなく健康に過ごせます。煮詰まりすぎることもなく、バランス良い生活ができます。子ども・家族との時間がなにより大切だから、メリハリをつけて仕事を頑張れます。仕事の疲れは子どもに癒やされ、育児の疲れは仕事で発散できます。


 夫とは、今日保育園でこんなことがあったらしいよ、こんなことができるようになったよ、ところであそこの実装はこういうふうにしたほうがいいと思うんだけど、と、家庭も仕事もないまぜになった会話をしています。娘が大きくなったとき、こんな会話にどうやって参加してきてくれるのか楽しみです。どんなふうにコンピュータやインターネットに出会い付き合っていくのか楽しみです。今は、ハイハイしてルータに近付き、LANケーブルをなめようとして引きはがされています。それを見た夫が、小学生になったらルータ買ってあげるからね、なんて言ってます。


 こうして子育てしながらエンジニアをしている生活、本当に楽しい。
 愛する妻・夫がいて、愛する言語なりエディタなりがあって、十分に幸せだと思ってるエンジニアのみなさん、子どもはいいぞ。

最後に

 なんだかあんまり惚気ていないような気もするけど、アドベントカレンダー、明日は夫です。

『君の名は。』

 観てきました。
 去年公開が発表されたときから、産後だし観に行けないだろうなとは思っていたのだけど、やっぱりどうしても観たくて、授乳のあいだの上映に行ってきました。
 行って良かった。家事と育児に追われて乾いていた心が潤う時間でした。ときどきでも良い作品に触れないと人間らしい心が失われていくわ。


 もちろん、ただ「映画が観られて良かった」ではなく、新海さんの作品を、『君の名は。』を、観られて良かったわけで。
 一言で言うと、最高だった。ほんとにとっても良かった。新海誠RADWIMPSを愛する私には、つねに鳥肌が立つような映画でした。
 以下感想を書くけど、ネタバレ気遣わずに書くので読みたくない人は読まないでね。

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娘、生後半年を迎える

 8月8日で娘が生後半年を迎えました。

5か月目の記録

  • 寝返りを左右どちらもできるようになった
  • 寝返りをして、足を触ったりなめたりして、自分の身体の輪郭をほぼつかんだ様子
  • うつぶせから、目の前におもちゃがあると進みたそうな動きをする
  • 何にでも興味があって、触りたくて、身体をよじって手を伸ばして掴もうとする

 そのせいで、おっぱい飲むのに集中しなくなっている

  • 親の食べているものには特に興味があって、食べたそうにしている(=離乳食準備OK)
  • 日焼けしてしまった

 とくに足が。私が焼けないで赤くなるタイプだから焼けないと思ってたが、夫に似て黒くなるタイプのようだ。

  • 一人で寝られなくなった

 前回4か月めの記録にも書いたように記憶力がついて目の前に親がいないと泣くようになった。以前はお話をしておやすみを言って寝室を出れば一人で寝入れたが、それができなくなってしまった。
 しかし目の前にあるものだけでなく、「無い」状態を認識できるようになっているというのはすごい進歩だと思う。

  • 隠されたものは、無くなったわけではないとわかっていそう

 タオルなどでおもちゃを隠すとタオルをどけようとする。目隠しをして視界を遮ると首を伸ばして覗き見ようとする。

  • 子どもに遊んでもらうと楽しそう

 散歩してるときに友達になった近所の小学生に、いないいないばあしてもらったり話しかけてもらったりして、とても喜んでいた。大人より、年の近い子どもに遊んでもらうほうが楽しいだろうし、家で親とばっかりいるんじゃなくて外に出ていろんな人と遊んだほうがいい。私が頑張ってもうちょっと人のいるところに出掛けないと。

  • キラキラしたものが好き

 水の入ったコップとか、光の当たったビニールとか。なのでペットボトルに水を入れたものをあげたら怖いぐらいの食い付きで遊ぶ。

6か月を迎えて

 ここまで風邪もひかず、病気やケガや事故なく元気に育ってきてくれて嬉しい。
 生まれたときから身長も体重も大きかったが、さらにすくすく育っている。体重8.5kg, 身長72cm. ほぼ母乳のみで体重は2倍以上に、身長は20cmも伸びた。すごい。赤ちゃんの身体って、人間の身体ってすごい。
 身体だけでなく、精神面も順調に発達、成長してくれている。赤ちゃんらしく泣くことも、かんしゃくを起こしたように怒ることももちろんあるけど、いつもニコニコと笑顔を見せてくれて、あやすと声を出して笑うし、なにか伝えようとあーあーうーうー話し掛けてくれるし、欲しいものに手を伸ばし前に進もうとする意欲もある。


 娘の顔を見るたび、はあーかわいいなあ、と思う。我が子というのはこんなにもかわいいものなんだなあ。これからどんな子どもに育っていくのか、どんな人生を送るのか、とても楽しみ。楽しく幸せで、好奇心と意欲にあふれた人生であってほしい。