猫が吠える

我輩は猫である。名前はみずき。

家族についての物語

ぼくが高校2年生ぐらいのとき、父親がそれまで勤めていた会社を辞めた。自分の会社を作るために。家族に、母親にすら何も話さずに辞めた。
母親は事後の報告を受けて怒った。
そしてさらに、新しい会社を作るのが女の人と二人で進めていた計画だったことを聞いて母親はもっと怒った。
ぼくは「社長だ社長だ〜」ぐらいにしか思わなかった。だって、父親が会社勤めでも会社経営でも、平日家にいなくて、帰ってきたら優先的にお風呂に入って、休日はだいたい寝転がって新聞や雑誌を読んでいて夕方になると買い物に行って散歩をして、たまに話すということは、変わらないから。


だけど母親にとっては、それまで結婚当初から勤めていてそれによって家庭が成り立っていた父親の会社勤めが気付いたらなくなっていたこと、その退職金すら、次の仕事の資金として勝手に使い道が決められていたこと、自分の知らない女の人との共同作業によって自分の知らないところで父親の新しい仕事が成り立とうとしていることに対してとても腹を立てていた。まあその気持もわかる。少しは。
母親はずっと怒っていたし、それによって父親は拗ねていたし、ぼくや妹はその影響を受けていつもの2倍ぐらい怒られた。
ちなみにこの頃にぼくの妹がどうしてだったか母親に怒られて、母親が「父親が父親なら子どもも子どもだね」って言っているのを聞いた。それでぼくは、家族ってのはたぶんこんな心ないこと言い合うもんじゃないし、自分のことをまったく棚に上げられるってこの人は母親の自覚がないんじゃないかなと思ったし、こんな人たちと家族ごっこなんかしていたくないと思った。しょうもない些細な一言なんだけど、ぼくにとってはけっこうなショックで、それから先「家族の一員なんだからどうこう」みたいなことをいくら言われてもあまりちゃんと受け止めようという気にはならなくなってしまうきっかけとしては充分なものだった。


それでもまあ始めてしまったことは認めるしかないのだし、そのことについて母親の実家に、父親と母親が挨拶に行った。
母方の祖父母と、母親と、父親で、どこかのレストランに行って、食事しながらその経緯やなんかについて話したらしい。ぼくはその場にいなかったから、後から母親に聞いた話でしか知らない。
話をしていたら、どういうきっかけがあったかは知らないけど父親がおかしくなった。髪を掻き毟って、悔やしいんだか悲しいんだかなんなんだか泣きだして、食事もしないし話もしないし、料理を詰めてもらって店を出て、家に戻る。その日はそれ以上話すこともできないから寝たのだけど、次の日起きたら父親がいない。携帯にも連絡はつかない。父親も母親もまだ帰るはずの日ではなかったけど、母親は父親の携帯に電話をかけ続けながら、実家を出て家に帰ってきた。その途中、電話はつながった。祖父母も母親も寝ているあいだに祖父母の家を出て、電車に乗って、どこか知らないけれど走っていたそうだ。これについても母親は怒った。自分の両親の前でマトモじゃない姿を見せられたことや馬鹿みたいな心配させられて振り回されたこと、そんなことについてすごく腹を立てていて、母親は、うまいこと"かわいそうなヒロイン"になってた。


それで、あまり身内に歓迎されていたとは言えないけれどいつだったかその新しい父親の会社は始動していて、ぼくもオフィスを見に行った。マンションの一室の、小さな部屋だった。
母親もまあずっといつまでも怒っているわけにもいかないんだろうし、そのうち以前と同じように父親と接するようになってきて、父親もまた以前のとおり、仕事のことは家族には話さず、それでも以前と変わらない生活費は稼いでくれているようだ。今では母親は、すっかりそのころの怒りなんて忘れてしまって普通の旦那さんとして、父親と接しているように見える。今ではというか、1年も経たないころからじゃないかな。正確なことは覚えていないけどね。
とにかく母親と父親の仲は元に戻ったんだ。


ぼくはそれまでもそのときもその後も変わらずときどき母親の機嫌を損ねるようなことをやって(その父親とのごたごたの最中は機嫌を損ねることは少し多かったど)怒られていた。母親が怒っても気が晴れないときは父親に助けを求めて、父親も一緒になって怒ってきたりした。
あるときなんだったかで怒られて、母親と父親と二人からいろいろ言われてた。内容は覚えていないけど、たぶんもう散々言われていて聞き飽きちゃったような言葉ばっかり並んでたと思う。いつだってそうだ。父親がぼくに向かって「そうやっていつも母親に心配ばっかりかけてどういうつもりなんだ」ってなことを言った。
ぼくは怒られるときは、怒るひとを怒らせておいて時が過ぎるのを待っているのがいいと思ってる。だって何を言ったって反抗しているとしか取られないし、それで感情逆撫でしてもっと怒られることになるよりは、はいごめんなさいもうしません、これからいい子にします、って言ってるほうがラクだし時間の無駄にならないんだ。
なんだけどこの時はさすがにやってらんねーなーと思って、父親に向かって「あなただって会社興すとかいう話のときさんざん母親に心配かけて迷惑かけたくせにどうなっているんだ」って言った。そしたらまーた父親はおかしくなっちゃって、そのへんに置いてあった雑誌を引き千切って、ぼくには手の付けようがないかんじになってしまった。それを見て母親はぼくを責めるし、なぜだかぼくが謝ることを強要されたし、あとから母親に「あれはタブーなんだ。言っちゃいけないだろう」って言われた。
ぼくはそんなこと聞いてない。いつからそれがタブーになったんだ。いつから言っちゃいけないことになったんだ。ぼくはそんなこと聞かされた覚えないし、タブーにしていいって納得できるような説明も受けていない。あのころあんなんで悪かったねなんて謝罪も一言だって聞いてない。ぼくの知らないところで勝手に戦争が始まって勝手に終わって、勝手に和解が結ばれて勝手に触れちゃいけない歴史にされちゃった。

そんなことされちゃあもうぼくはいよいよ母親や父親を信用できなくて、だけど一緒にいなければいけないから諦めるしかなくて、家族なんて「家族(笑)」みたいな認識でしかなくなっちゃって、それで今に至る。
それでも父親も母親も、(当たり前のことかもしれないけど)ぼくたち4人は家族なんだと思っているから、ぼくは頑張って家族ごっこをしなきゃいけない。こんなの絶対おかしいよって思ってても父親と母親の子であることを演じていなきゃいけない。まあ実際のところ現実的にはそうなんだけど精神的にどうもそういうふうには思えないというか、思いたくなくてね。
それでもまああと少しは実家にいるわけだし、家族ごっこをうまくやって、うまく生きていくよ。そうするしかないからね。